2010-05-31から1日間の記事一覧

いい気持ちでなく、日常性が人間文化の傑作であった。 これは超理性にしか見えない。

いい気持ち、幸福や感動は、悪魔のお菓子であった。 これを食べて、人は悪魔屋敷に入った。 そこには、いい気持ち地獄があった。それが地獄とは理解できなかった。 *。 日常こそは、人間文化の結晶だ。こう考えると、それは小津安二郎の世界だ。 この世界は…

正しくもないが 間違いでもない

メディアの崩壊は、 正しいともいえないが、間違いでもない世界に落ち込んだことだ。ここから世界に成立する言論になることもある。 勿論、ならないことの方が多い。言論が幼稚化した。 言論が発振した。 精神が荒廃した。言論が、消耗され、退化した。 これ…

Kleene空間があるとこれが了解可能となる。 これが人類の新しい思考空間だ。

文章と現実の干渉、 これは思考実験で作れる。ここに存在できるものは、現実に存在する。 存在できないものは、文章だけで終わり、現実に成立しない。 しばらく経ってから、現実に展開することもある。 *。 存在できないものが、やがて存在できるようになる…

議論において、 自分だけが正しく、それに合わないものを排除する。 これが唯我独尊であり、妄想である。だが唯我独尊が、成立する場合もある。 矛盾が無矛盾を作ることもある訳だ。 そこには排除がない。 主張となる。だが排除があっても、やがて排除のない…

妄想は発振である

妄想はシステムの発振であり、他のシステムを排除する。 妄想は妄想以外を受け付けない。 唯我独尊状態となる。子供時期や学問芸術はこの状態を用いる。 Kleeneの定理によって、妄想だから意味がないとはいえない。 だがほとんどは意味がない。その識別が出…