2008-08-31 。 だが部分としての国家や社会、 これが問題を作って、やらせている。 *。 このように解読すると、 全体でない部分としての国家が、 閉塞感の正体であることが分かる。部分が全体として振舞う。 これが国家の恫喝の正体だろう。即ち、恫喝こそ閉塞感の爆発だ。